(サムネイルは、洞窟の天井に吊り下がっているハイイロホオヒゲコウモリ。Gray Bat, Alvarez Photography, Public Domain, https://www.fws.gov/media/gray-bat-1)
コウモリは超音波のエコーロケーション(反響定位)を駆使し、夜間の暗闇でも巧みに飛行し獲物を捕らえることで知られる。翼を持つ哺乳類としてのコウモリは、世界中に約1,400種以上が存在し、それぞれ独自の周波数帯や飛行様式を進化させてきた。本レビューでは、種を限定せずコウモリ全般を対象に、超音波による空間探査とナビゲーション、飛行時の障害物回避行動、獲物追跡時のエコーロケーション適応、群飛における連携・交信・衝突回避、および飛行力学(翼の構造や空力特性)に関する最新の研究知見を整理する。また、それらの知見を模倣・応用した小型ドローン開発への技術的要件について議論する。過去の古典的研究から最新の研究までを網羅し、矛盾する情報がある場合は最新の研究成果を優先しつつ、重要な過去の知見にも言及する。
超音波による空間探査とナビゲーションの精度
コウモリは喉(発声器官)から超音波の探索信号(ソナー音)を発し、その反響音から周囲の環境を把握している。超音波は人間には聞こえない高い周波数(種類によって20~200 kHz程度)であり、短い波長によって小さな獲物や地形の細部を捉えることが可能である。一方で、聴覚系は網膜のように空間を直接高解像度で映像化するわけではなく、耳で受け取るのは時間差や強度差、周波数スペクトルといった情報である。コウモリは両耳への僅かな到達時間差や音の強弱(両耳間の音圧差)、耳介による周波数フィルタリングを巧みに利用し、音源方向や物体の位置を推定する。しかし、最新の定量的研究によれば、同時に空間内で識別できる物体の角度分解能は決して高くなく、方位角で約80°程度に過ぎないことが示された。これは人間の視覚の空間解像度(約0.02°)と比べると極めて粗い値であり、コウモリの認知する世界は人間の視覚ほど詳細ではない可能性が示唆されている。この低い解像度を補うため、コウモリは飛行中に超音波の“音の視線”を頻繁に動かし(ビームを首や体ごと向け直し)、逐次走査することで環境を細密にスキャンしていると考えられる。言い換えれば、コウモリは高解像度の静止画を得る代わりに、連続的に送信する多数の音響スナップショットを脳内で統合し、立体的な空間地図を構築していると推測できる。
近年、その「音響地図」の存在を直接示唆する研究成果も報告された。たとえば2024年の研究では、小型コウモリ(アブラコウモリ)がエコーロケーションだけを頼りに数キロメートル規模の距離をナビゲートできることが実証された。研究チームは多数のコウモリにGPS発信機を装着し、夜間に巣から最大3 km離れた未知の地点に移動させても、自力で数分以内に巣へ戻れる個体が95%にのぼることを確認した。。視覚や磁気感覚など他の手掛かりを排除してもなお帰巣できたことから、コウモリは音響的特徴を手掛かりとした「認知地図」を形成し、ランドマークとなる反響音パターンを記憶して大域的なナビゲーションに利用していると考えられる。もっとも、実際のコウモリは視覚も併用できる環境では積極的に用いるようで、上記実験でも視覚が使える個体は帰巣精度がさらに向上した。したがって、エコーロケーションはコウモリにとって局所的な環境把握だけでなく、記憶と結びついた大域的ナビゲーション手段ともなり得るという新たな認識が得られている。
ナビゲーションの精度に関しては、コウモリの探知距離や対象物の最小検知サイズは種や環境によって異なる。大きな物体であれば数十メートル先からでも反響音を捉えられるが、小さな昆虫を捉えるには数メートル以内に接近する必要がある。一般に周波数が高いほど細かい物体に対する感度は増すが、音の減衰も急激に大きくなるため有効距離は短くなる。こうしたトレードオフに対応し、コウモリは発する超音波の強度やビームの広がりを状況に応じ変化させる。たとえば獲物発見後には距離が近づくにつれ呼び声(コール)の強度を弱め、至近距離での目くらまし(エコーの飽和)を防ぐことが報告されている。また種によっては超音波の周波数成分を巧みに制御し、背景から目標を識別しやすいスペクトル特性を得ている。総じて、コウモリの空間探査・ナビゲーション能力は極限環境で進化した音響知覚と学習能力の複合によって達成されており、ハードウェア的なセンサー性能の限界(低い空間解像度や短い到達距離)をソフトウェア的な戦略(連続走査と情報統合、学習)で補完している。
飛行時の障害物回避行動と制御メカニズム
コウモリは高速飛行しながら、木の枝や洞窟内の壁、細い電線に至るまで巧みに避けて飛ぶことができる。その障害物回避はエコーロケーション能力と敏捷な飛行制御によって実現される。現代の研究では単に「音で障害物を感知している」だけでなく、コウモリがどのように音情報を運動制御に結びつけているかが詳細に探られている。
最新の実験では、コウモリが障害物環境を繰り返し飛行するうちに学習により経路最適化する様子が観察されている。例えばアクリル板の迷路をコウモリ(キクガシラコウモリ)に何度も飛ばせた研究では、飛行回数を重ねるごとに発声するパルスの回数を減らしつつ、障害物の端に沿う経路へと飛行パスが洗練されていった。具体的には、最初の飛行では手探り的に多くの超音波パルスを発し、障害物壁面から平均6.3 cmの位置を飛んでいたのが、最後の飛行ではパルス数を減らしつつ壁から平均5.2 cmという際どいコースを通過するようになった。これは経験によって環境の空間記憶が形成され、必要最低限の超音波探査で安全に飛べるようになったことを意味する。
加えて、コウモリはエコーロケーションにおける「音の視線」と飛行経路を緊密に連携させている。先行研究で、コウモリがターゲットに向かう際には超音波を向ける方向(音の視線)が旋回などの機体の向き変化に先行する、いわば「先読み的な凝視」を行っていることが示唆された。新たな解析では、反響音がどの方向から返ってきたか(エコー方向)と、次にコウモリが取る旋回行動との関連が調べられ、コウモリはエコーの入射方向に基づいて約200~300ミリ秒後の旋回タイミングを調整していることが報告された。つまり、コウモリは発した音の方向だけでなく、返ってきた反響音の方向分布をもとに即座に進路を修正して障害物を回避していると考えられる。視覚における眼球運動と進路選択が連動するように、コウモリは「耳で周囲を見回し」、次の瞬間の翼の動きを制御しているとも言える[5]。
障害物回避性能の高さは、コウモリの信号設計にも表れている。多くのコウモリは空間が閉塞した環境(林内や洞窟内)では探査音を短く小刻みに発し、周囲の多数の物体からのエコーが重なって混信するのを防ぐ戦略をとる。周波数を変えることでも反響音の混同(マスキング)を低減でき、一部の種は複雑な環境で自分のコール周波数を微調整し、送信音とエコーの区別が付きやすいようにしているとの報告もある。ただし、こうした”エコー混信の回避”については議論があり、野生下では必ずしも明確な周波数シフトは確認されないという研究もある。例えば2015年の発表では、小型マイクをコウモリに装着して野外飛行音を記録した結果、コウモリ同士が互いの発する周波数帯を積極的にずらす「ジャミング回避(混信回避)行動」は見られなかったと報告されている。このことから、現実の複雑な環境ではコウモリは多少のエコー混信は許容し、物理的な分散やタイミング調整によって衝突を回避していると考えられる。
獲物探索・追跡時のエコーロケーション特性変化
飛行中に小さな昆虫など獲物を探知し追尾する際、コウモリはエコーロケーションのパターンを段階的に適応させることが知られている。典型的な昆虫食コウモリの場合、「捜索フェーズ」では毎秒5~10回程度の低いコール頻度で長め(10~20ミリ秒程度)のエコー音を発し、広い範囲をくまなく探る。獲物を検知すると「接近フェーズ」に移行し、コールの繰り返し頻度を20~80 Hz程度に高める一方で、持続時間を2~5ミリ秒と短くし、周波数変調も急峻なFM成分に変化させる。これは目標物までの距離が縮まりエコーの往復時間が短くなるため、より素早い情報更新が必要になるのと同時に、自己の送信音と返ってくる反響音が重ならないよう発声を短く区切る必要があるためである。さらに獲物捕捉直前の「ターミナルフェーズ(フィーディング・バズ)」では、コールは0.5~1ミリ秒ほどのごく短いクリック状になり、繰り返し頻度も100~200 Hz(秒間最大200回)という極限まで高い連射状態となる。このバズフェーズでは急激に距離や方位が変化する獲物に対応してミリ秒単位で軌道修正するため、可能な限り頻繁なエコー情報の更新が不可欠となる。結果として、コウモリは捕食の瞬間に1秒間に百数十回という驚異的なスピードで声を出し、そのわずかな反響を頼りに最後の追い込みを図る。
エコーロケーション信号のこうした三段階の適応は古くから実験室や野外観察で確認されており、コウモリが獲物との距離・方位関係に応じて自らの「センサー出力」を動的にチューニングしている例としてしばしば教科書にも取り上げられている。さらに近年の研究は、コウモリが獲物追跡中に音波ビームの指向特性までも変化させていることを明らかにした。具体的には、最終局面のバズフェーズでコウモリはあえて音波ビームを拡散させ、広い範囲に超音波を放射することが報告された。一見すると獲物に向けてビームを絞った方が良さそうだが、例えばガやコオロギのように超音波を聞いて回避行動を取る“耳のある獲物”の場合、狭いビームでは獲物が急に逃げた際に外れてしまう恐れがある。ビームを広げておけば獲物が多少逃げてもエコーを捉え続けられるため、最終的な捕捉率を高めると考えられる。実際、ヒナコウモリ科などの種で、バズフェーズに入ると音声の周波数を下げ(低周波ほど音響ビームは広がる)、結果として指向角が大きく拡大することが示された。この戦略は、敵に自分の位置を気取られないよう微弱な超音波を出す「ステルス・エコーロケーション」とは対照的である。ステルス戦略の好例としてヨーロッパに生息するヒナコウモリ属(チチブコウモリ)は、耳の良いガを主食とするため通常のコウモリの10~100分の1という極端に弱いエコーロケーション信号を使い、獲物に気付かれず近付くことができる。このように、コウモリのエコーロケーションは一様ではなく、獲物の種類や行動に応じてコールの強度・周波数・パターンを状況適応的に変化させる高度な音声行動と言える。
さらに、獲物追跡の際の飛行制御も注目すべき点である。コウモリは超音波の照準だけでなく、頭部や耳の向き、翼の動かし方も獲物に対してダイナミックに調節しているとされる。たとえば口から音波を発する種では頭ごと獲物に向けてエコーの照準を定め、鼻葉を持つ種(キクガシラコウモリ科など)では鼻の向きを微調整して音波を指向する。また大きな耳を持つ種では、獲物からの微かな反響音を逃さないよう飛行中に耳介の位置を変えることも確認されている。これらの協調したセンサー・運動制御によって、コウモリは高速かつ複雑な軌道を飛ぶ昆虫を夜間でも追い詰め、最終的に翼膜や尻尾膜で掬い取るように捕食する。
群れでの連携・交信・衝突回避行動

野生のコウモリはしばしば数千~数百万単位の大集団(コロニー)で行動し、夕暮れ時に洞窟から一斉に飛び立つ姿が見られる(図2参照)。このように無数の個体が密集して飛行する状況下でも、コウモリ同士が空中衝突したり大混乱に陥ったりすることはほとんどない。長年、この「渋滞しない群飛」の秘密が生物学者たちの関心を集めてきた。近年になって、小型の発信機やマイクロホン技術の発達により、コウモリ個体の位置と発する超音波を同時に追跡して詳細に解析することが可能となり、群飛時の衝突回避メカニズムが徐々に明らかになってきた。
研究の結果、まずコウモリ達は洞窟から出るとすぐに互いの距離をとって空間的に分散することが分かった。洞窟や狭い出口から出た直後は音のカクテルパーティー状態で、推定94%ものエコーロケーション信号が他個体の発する音によってマスキング(聴覚的ジャミング)されてしまうという。ころが出口を出てからわずか5秒ほどで、コウモリ達は左右に散開して隊列のような「煙の筋」を形成し、音の混信は急激に減少する。この分散行動により各個体は自分の発した音のエコーを再び聞き取れるだけの空間的余裕を確保するのである。加えて興味深いことに、群れから出た直後のコウモリ達はエコーロケーションのパターンを一斉に変化させ、コールを短く・小さく・より高い周波数にシフトすることが明らかになった。一見すると高周波は減衰しやすく混信も起きやすいため不利に思えるが、研究者の分析によれば高周波にすることで眼前の近接したコウモリ(直前を飛ぶ仲間)をより細部まで検知でき、他の遠方の情報は捨ててでも直前の衝突回避を優先できるという。つまり、群飛中のコウモリは「自分のすぐ前の一匹さえ正確に位置取れれば衝突しない」という戦略でエコーロケーションを最適化していると考えられる。短く弱いコールにすることで遠くの雑音エコーは最初から届かなくなり、代わりに数メートル先の仲間を高周波で鮮明に“スキャン”するイメージである。この戦略により、コウモリ達は大集団のままでも互いに距離を保ち、安全に飛行できるようになる。実際、テキサスの超大規模コロニーでも空中衝突は極めてまれであり、研究者が「衝突を目撃できたらむしろ幸運だ」と語るほどであった。
一方、少人数のグループ飛行では各個体が微妙に異なる周波数のコールを使い分け、音声の“声紋”を聞き分けているとの研究報告もある。小規模な群れではコウモリ同士が互いの声を識別でき、「誰がどこにいるか」を音で把握して隊列を組むという仮説である。しかし大規模群衆ではもはや一匹ごとの“声の個性”には頼れず、上述のように物理的分散とコール特性の画一化(全員が似たパターンに)に舵を切ると考えられる。また、コウモリ同士の音響干渉(ジャミング)については興味深い現象も知られている。メキシコオヒキコウモリは同種他個体との“ソナー戦”を繰り広げることが報告されており、競合する仲間が獲物に狙いを定めてバズフェーズに入るや否や、横から故意に妨害信号を発して相手のエコーロケーションを撹乱し、獲物を捕り逃させるという。この行動は「ジャミングコール」と呼ばれ、同種個体間の直接的な音声コミュニケーション戦略(フードファイト)と考えられている。すなわち、コウモリの発する音は単なる自己のセンサー信号に留まらず、他個体への情報伝達・妨害・警告といった社会的機能も併せ持つ。実際、コウモリの音声にはエコーロケーション以外にナビゲーション用の社交的呼び声(例:集団での移動時の位相合わせや、幼獣と母親の呼び鳴き)や、縄張り争い・求愛に用いる鳴き声など、多彩な「言語」が存在することが知られている。これら社会的発声はエコーロケーションより低周波・長持続音で行われる場合が多く、本稿の範囲を超えるため詳細は割愛するが、コウモリは音響を介して高度に社会的なやり取りを行う動物でもある。
飛行力学(翼の構造・空力特性・制御機構)と生物工学的意義

コウモリの飛行性能を支えるのは、その特殊化した翼(前肢)の構造である。コウモリの翼は鳥類と異なり、手の指が著しく伸長し、それらの指骨と体側面・後肢の間に皮膜(翼膜)が張った形状をしている(図2参照)。翼膜は極めて薄く柔軟な皮膚組織でできており、血管と感覚受容器が豊富に分布するほか、膜自体に微細な筋肉(筋線維)が埋め込まれていることが解剖学的に確認されている。この翼膜内筋(プラギオパタギアリス筋など)の役割について、Brown大学の研究チームは興味深い発見を報告した。それによれば、コウモリは飛行中にこの微小筋群を駆動して翼膜の剛性や曲率を動的に調節しているという。具体的には、翼の下降局面(ダウンストローク)で膜筋を収縮させて翼を張り詰め、上昇局面(アップストローク)で弛緩させてしなやかに撓ませるパターンが観察された。これにより、ダウンストロークではしっかり空気を捉えて揚力と推力を発生させ、アップストロークでは翼をたたむようにして空気抵抗を減じることが可能となる。さらに興味深いことに、コウモリは飛行速度が上がるとこの膜筋の緊張タイミングを先行させ、早め早めに翼を剛直化する制御も見せた。これは高速飛行時に強まる気流に対抗して翼形を保持するためと考えられ、コウモリが速度や操縦要求に応じて能動的に翼の柔軟性を制御していることを示す。総じて、コウモリの翼は単なる帆布ではなく「多数の関節と筋肉で形状を自在に変えられるマルチリンク式の可変翼」と言える。
このような柔軟可変翼は空力学的にいくつかの利点をもたらす。第一に、翼膜は柔軟ゆえに飛行中の気流に応じて自動的に撓み、翼にかかる衝撃荷重を緩和する。突風や乱気流に遭っても膜がたわむことで衝撃を吸収し、翼が破損しにくく安定した飛行が可能になる。第二に、翼形状(キャンバーや表面積)を動的に最適化できるため、低速での高い機動性と失速遅れを実現する。コウモリは鳥に比べると比較的低速・低翼載荷で飛行する傾向があるが、翼を大きく変形させることで驚異的な急旋回や急停止、垂直離着陸に近い動きすら可能としている。第三に、翼を折りたたむ動作との組み合わせで飛行効率を高めることができる。コウモリはダウンストロークで翼を目一杯拡張し、アップストロークで翼をすぼめることで、一種の「変形翼によるプロペラ効率向上」を実現している。この動きは羽ばたき飛行のエネルギーロスを抑え、推進効率を上げる効果がある。。実際、1秒間に約10回程度のゆっくりした羽ばたきであっても揚力・推力が確保できるため、コウモリは羽ばたき周波数100Hz以上の昆虫やプロペラ回転体とは異なり、比較的低周波の羽ばたきで静かに安定して飛翔できる。このことは、生物工学的にも注目されており、低速で安全・静粛に飛べるフラップ飛行体としてコウモリ型ロボットの開発が推進されている。
なお、コウモリの翼形態は種によって大きく異なり、それが飛行性能と生態ニッチを規定している。例えば、開けた空間を巡行飛行する種(オヒキコウモリなど)は細長い翼(高アスペクト比)を持ち、森林内部や薮の中で機敏に方向転換する種(シタナガコウモリなど)は幅広く丸い翼(低アスペクト比)を持つ。このように、翼のサイズ・形状・骨格構造の適応も飛行力学に大きく影響する。極端な例では、吸血コウモリのように歩行に適応して翼が短くなった種も存在する(飛行速度は遅いが地表での小走りが可能)。したがって、コウモリの飛行力学は可変翼膜の空力だけでなく、翼形の多様性や四肢の運動学的協調によって支えられている。
生物工学的に見ると、コウモリの飛行メカニズムは小型空中ロボット(マイクロドローン等)の設計に豊富なインスピレーションを与えている。コウモリの翼膜筋の発見者である研究チームは、実際に生物模倣ロボットの翼にこの概念を応用している。彼らはコウモリの羽ばたき運動を忠実に再現するロボット翼を製作し、膜の張力や角度を自在に調整できるシステムで空力実験を行っている。その結果、翼の柔軟性や形状変化が飛行安定性と効率に及ぼす影響を定量的に評価することに成功し、将来的な可変翼航空機の設計指針を得ている。さらに、近年では「Bat Bot(バット・ボット)」や「Aerobat(エアロバット)」といったコウモリ型フライングロボットが試作されている。Aerobatはバット・ボットの改良版で、剛体素材と柔軟素材を組み合わせた動的マルチマテリアル翼を備え、コウモリさながらに翼を開閉・変形させながらホバリング飛行や狭隘空間の通過を実現している。このような試作機は、従来の4ローター型ドローンでは難しかった下水管や洞窟などの狭所探索に新たな可能性をもたらすと期待されている。実際、回転翼ドローンは狭い空間で壁からの乱流で不安定になりがちだが、羽ばたき型のAerobatは柔軟翼で空気の挙動を巧みにいなし、安定したホバリングが可能だったと報告されている。
小型ドローンへの応用:技術的要件の整理
以上のコウモリの能力に学び、これを小型ドローン(マイクロ空中ロボット)の開発に応用するための技術的要件を以下に整理する。
超音波センサーと能動的センシング
コウモリのエコーロケーションを模倣し、ドローンにも超音波による自己位置推定・環境マッピング機能を持たせることが考えられる。具体的には、ドローン本体に超音波スピーカー(送信機)と複数のマイク(受信機)を搭載し、自前のパルス音を発して反響から周囲の障害物や地形をマッピングする「ソナー視覚」が必要となる。これはGPSが届かない室内や洞窟などでも自己位置推定・経路計画を行うために有用である。しかし、前述したように超音波単独では空間解像度が低く複数物体の識別が困難なため、機械学習によるエコーデータの高度な解釈(コウモリの脳が行うようなパターン認識)や、送受信ビームを首振りして逐次走査するアクティブセンシング戦略が求められる。実際、2018年にイスラエルの研究者らが開発した「Robat」というロボットは、周波数変調の超音波パルスと2つの受音マイクで周囲環境を完全に音響マップし、物体の形状や通行可能な隙間まで区別できることを示している。この成果は、音響によるSLAM(自己位置推定と地図構築)の実現可能性を示すものであり、ドローンへ搭載する際にも小型・省電力な超音波デバイスとリアルタイム信号処理アルゴリズムが鍵となる。
リアルタイムの飛行制御と自律判断
コウモリはミリ秒単位で音情報を処理し飛行を制御しているが、ドローンでも同様にセンサーから制御へのフィードバックを極力低遅延化する必要がある。特に障害物回避や衝突防止では、コウモリが旋回0.2~0.3秒前にエコー方向を検出していたように、ドローンも高速移動中は数十~数百ms以内に経路変更する自律判断能力が求められる。これは高性能なオンボードプロセッサと、効率的な障害物検知アルゴリズム(例:エコー強度勾配から壁面エッジを検出して回避経路を算出するなど)の組み合わせが必要となる。また、コウモリが経験に基づきパルス発射数を最適化したように、ドローンも過去に通過した環境マップを記憶して次回のセンサー動作を省力化する学習能力を備えることで、効率的な飛行が可能となる。具体的には、自己位置を地図上で把握していれば、未知の場所ではセンサー頻度を上げ、既知の安全な空間では頻度を下げるなどアダプティブなセンサープランニングが考えられる。
群飛ドローンの協調・通信
将来的に複数の小型ドローンが群れで協調飛行する際には、コウモリの群飛行動に学ぶ点が多い。狭い出口から多数のコウモリが衝突なく出て行けたのはすぐに互いの位置をずらし、個々が近傍の仲間にフォーカスしたためであった。ドローン群制御でも、各機が衝突回避のために「自分の前方の1機」に集中して追従し、全体として隊列を維持するローカルルールが有効と考えられる。また、複数ドローンがソナーを使用する場合、周波数帯や送信タイミングをわずかにずらして互いの信号が干渉しにくいプロトコル(周波数分割・時分割)を設ける必要がある。これはコウモリが小群では周波数を使い分けた観察や、電気魚が電気パルスを干渉しないよう周波数シフトする「ジャミング回避応答」に類似したアプローチである。もっとも、野外の大群では周波数分割が限界があることも示唆されており、その場合は通信の同期や空間的分離による混信防止が必要となる。例えばドローン群がネットワークで自分の発信タイミングを共有し、隣接機とは異なる瞬間にパルスを出すよう調整する、といった方式が考えられる。さらに、コウモリに見られるような妨害や欺瞞行動にも留意が必要である。安全保障用途などで敵対的なドローン群対策として、コウモリのジャミングコールのように相手のセンサーを欺く音響妨害が行われる可能性もあるため、それに耐える頑健な信号処理(例えばコリジョン誘発のフェイク信号を検知・無視するアルゴリズム)も検討課題となる。
柔軟な飛行プラットフォーム
コウモリの機動性を真に再現するには、ドローン自体のハードウェアが柔軟であることも重要である。固定翼やマルチコプターでは、コウモリのような急激な方向転換・狭隘空間通過は難しい。したがって、コウモリ型の可変形翼やフラッピング翼を備えたドローンの開発が鍵となる。上記のBat BotやAerobatはその先駆けであり、剛体と軟体部品のハイブリッド翼や、多関節アクチュエータによる自在な翼形状変化を実装している。このような構造により、ドローンは羽ばたきによる静止ホバリングから高速前進飛行までシームレスに行え、かつ翼を折りたたんで直径わずかな隙間を抜けることさえ可能になる。柔軟翼による安全性の向上も見逃せない利点である。衝突時に剛体プロペラでは人や周囲を傷つける恐れがあるが、布のようなしなやかな翼なら被害が少ない。また翼自体も破損しにくく、多少の接触では壊れずに飛行継続できるだろう。このように、コウモリに学んだ柔構造・可変形の機体設計は、将来のサービスドローンが人間環境で安全に活動する上でも大きな意義を持つ。
結語
以上のように、コウモリの超音波探査と飛行メカニズムを紐解くことで、小型ドローンに求められる技術要件が浮き彫りになる。暗所・密閉空間で活躍する自律飛行ロボットには、コウモリ同様の優れた認知センサー(音響地図形成能力)と、環境適応的な運動制御(高度なフィードバック制御)、仲間との協調飛行(通信・編隊制御)、そして柔軟な機体構造(可変翼)が重要となる。自然が長い進化の歳月をかけて培ってきたデザイン原理は、工学においても宝の山であり、コウモリ研究から得られる知見は次世代ドローンの開発において極めて示唆に富むものと言えるだろう。
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